時代が元に戻った気がする

ここ何年か、本を買うときはまず、
amazon や bk1 などのサイトで、ひとの書評を読むことが多くなりました。
その本を買うかどうか迷っているときなどは、
その書評の評価が、(非)購入の決め手になることが、かなり多いです。



ぼくの場合、書評を読んだ後に、そのままネットで注文するか、
本屋に注文して、取り寄せてもらっています。
(中延商店街の「コーラルリーフ」によくお願いします。)

だいたい10日間前後で取り寄せてくれます。
なぜ取り寄せるかというと、その時点で読んでいる本が
(怠惰により)なかなか読み進められないときなど、
つぎの本が届くまでの「10日間」に読みきるという目標ができて、
都合がいいんです。

注文から10日間で本が読み終われば、
つぎの本が届いたとき、その新しい本を目の前にして、
新鮮な気持ちで本を読み始めることができます。

ネットで注文すると、手に入れたいものがすぐ手に入ります。
これは、すばらしいことだと思います。
ただしわたしの場合、本に関しては、この取り寄せの「10日間」が、
読書サイクルの形成(?)には、重要だったりします。

さて、SNSのFacebookに対してマイクロソフトが出資するということに関する
記事「ソーシャル・コマースの未来は商店街の八百屋さん」には、

消費者は商品を購入するときに、例えば、SNS等を通じて提供者側と会話をしながら購買をするというソーシャル・コマースの世界が日本の中でも一般化していくのかも

と、あります。
なるほど。書評のように一般ユーザーが評価を寄せるだけでは消費者は購買にいたらず、
サービスや商品の提供者自身が、SNSなどで直接、一人ひとりの消費者に売り込む
必要がでてくるかも、ということでしょうか。

ひとつ疑問がでてきました。
そもそもインターネットは、消費者と提供者が「会話」をするのに
適しているのでしょうか。
インターネットのネットワークを拡めている理由のキーワードは
「匿名性」や「不特定多数への波及」だったような。

「会話」って、「一対一」の関係性がベースですよね?
もし「一対一」で商売するのであれば、
インターネットを介在させる必要性ってあるんでしょうか。
消費者と提供者が「会話」する(ある程度、顔のみえる商売。人間性を介在させる)
のであれば、その買い物は、電話のほうが、はやい気がします。
もちろん商店街での買物でも、いいわけです。

さて、中延商店街「肉の伊吾田」のGさんの話すところによると、
90年代~00年代はじめには、試食会などをやっても見向きもされなかったが、
いまはまったく状況が変わってきているそうです。

時代が元に戻った気がする」。
昭和のときと同様、店頭で試食を行うと、ひとがよく集まるということでした。
この感覚って、わかる方、多いんじゃないでしょうか。

ネットでの「ソーシャル・コマース」の話も、
「パソコンの画面の向こうには、やっぱり人間がいた」という
基本に戻ってきたと言えそうです。

さて、話がみえなくなってきた気もしますが、
ぼくが言いたいのは、
インターネットがもし「人間性」に帰着するんであれば、
商店街は最初から「人間性だよ」ということです。

だから、あんまり大きなことは言わずに、
いま持っている「道具」だけで十分、戦えるということです。
そしてその道具の精度を高めていこうよ、となります。

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by nakanobuskip | 2007-10-29 15:27 | 日記
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